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2004.12.22

アナタハ カミヲ シンジマスカァ

中学生くらいの頃
キリスト教会の通信教育みたいなのをやったことがあります。
確か10回くらいのやり取りでした。
聖書のお話を紹介する形でテキストが作られていて
各回の最後にいくつか設問があり、自分はこのお話をどう思うか?などを書いて送ったら
次回先生(?)からのコメントとともに次のテキストが送られてくる、といったものでした。
単純にキリスト教への興味から始めたものでしたが
聖書の神話世界が結構楽しかったように記憶しています。
結構真面目にやっていたので、うちの親などは「変な子」とおもっていたようです。
で、最後の回の、ほんとの最後のところで「あなたは神を信じますか?」という質問があって
私は結局「いいえ」に丸をつけて返送しました。

今から思うと、人間のなすべきことやあるべき姿などを説いてゆくその講座の内容は
“良いもの”“美しいもの”と思えましたが
どうにもそこに「神との契約」が入ってくると、僕には違和感バリバリでした。
たしか、「人間は神と契約している状態が普通」で、かつ「すばらしいのだ」、ということだったと思います。
そんなことなら子供の頃から
「敷居は親父の頭と同じだから乗ってはいけない」
「ご飯を粗末にすると目がつぶれる」
「本をまたいではいけない」
しまいには「夜口笛を吹くと蛇がくる」などといろいろ躾けられていた。
あれはつまるところ、かまどにはかまどの神さんがいる、ということだったんだな、と気がついた。
契約などしなくても神さんは身の回りにいたので
なんだかよくわからない神様が僕の中でのしてくることに違和感を感じたんだな。
あの時はなんとなく嫌で「いいえ」にしたのだが、
いまは明確にそう思う。

うちにはもう八百万の神さんがいたのだ。
でもそれにしたってなんとなく居るくらいのもので普段は意識もしなければ奉ることもしない。
初詣だって、行ったほうが正月の雰囲気がでていい、くらいのものだし
そういえば結婚式も神社でやったけど、親戚縁者の宴会の口実みたいなものだった。
クリスマスだってやるけれど、八百万のうちの一人の神さんと思えば違和感も少ない。
いまやTVコマーシャルの節目みたいなもんです。子供向けのお歳暮シーズンだ。
こんな僕たちだから
わざわざ契約を交わしてまで世の平安安寧秩序などを念じるなんていうのは
それこそ僕の身の丈に合いませんわね。
ごめん遊ばせ。

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